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愛は盲目的?依存しない関係性とは。(第4回マドレ合宿ふりかえり) [マドレボニータ]

こんにちは。クロダです。
10月に入りましたね。
(9月、一度もブログ更新してなかった・・・)

年度的に折り返しの方も多いかと思いますが
マドレボニータの事業年度は10月始まり!
NPO法人として7期目がスタートしました。
今年度もどうぞよろしくお願いいたします。



すでに遠い過去の気もしますが
9月21~22日は第4回マドレ合宿でした!
今回の会場は国立女性教育会館(ヌエック)@武蔵嵐山。
「あらしやま」ではなく東武東上線の「むさしらんざん」です^^

今回の合宿は、自分と団体の関係性を見つめなおした時間でした。
というのも、私は9月からもうひとつのNPO法人(アカツキ)で働き始めたこともあり
他団体からみた「マドレボニータ」という切り口から
考えることも多くなっていたのです。

結論からすると、マドレボニータは私にとって
「なくてはならない存在」でした。

北海道沖縄からも参加した今回の合宿。
私自身とても久しぶりに会うメンバーがいたのですが
おどろくほど久しぶりという感覚がしませんでした。
普段からメールやフェイスブック、スカイプなどで
密に連絡をとり気配を近くに感じていたから、だと思います。

とはいえ、直接会って目をみて話すことの効力は
とてつもなく大きい、と感じた2日間でもありました。

今回のプログラムの中には参加者(インストラクターや事務局スタッフ)全員で
団体のミッションとビジョンを考える時間があったのですが
その時間を共有できたことで、
NPO法人としてもマドレボニータをやっと自分事にできた、印象がありました。

それまでは、団体として過渡期を迎え
ミッション、ビジョンを見つめなおさないと・・・と思ってはいたものの
何度なく雲をつかむような話に感じていたのかもしれません。

そして、何よりも
マドレボニータにかかわる人々の魅力を再認識できたのが大きいです。
あらゆる場面でのファシリテート能力、表現力、真摯的態度、誠実さ、
抜群の安定感、以前からの成長ぶりなどなど個々人の進化を
目の当たりにしてたくさんの刺激を受けました。

事務局スタッフとして観る目を養うこと。
自分はインストラクターじゃないからよく分からない、ではなく
観るプロになること。
そのためにはできる限りいろんな産後クラスに通うこと。
事務局スタッフだからこそできるかかわり方。

そんなことが頭の中をぐるぐる回っています。

自分と団体との関係性を見つめなおす、ということは
結局自分はこれからどうしたいのか、を問いなおすことでした。

団体としてどうしていきたいか、ではなく、
自分がどう生きていきたいか。

そう考えると、私の中には
すべての女性に産後ケアを、という使命感より前に
いま、この仲間たちを一緒に活動したい、
という思いが強いことも分かりました。

極論ですが、いま、たったひとりになっても
産後ケアの啓蒙活動をするかといえば
答えはNOかもしれません。
(そう考えると、最初はたったひとりで立ち上げた 吉岡マコ、という人間の凄さを思い知らされるのですが・・・)

団体のミッション、ビジョンが表面的なものではなく自分事になったことで
ふっと身軽になった気がします。
誰かにどうしてほしい、と考えていたのがなくなったからなのか。

団体としてどんな変化していこうと
自分が自分でいられることを
仲間たちが証明してくれた気がします。
私の発言を励みにしてくれていたり、
私に話を聴いてほしい、ときてくれたりしたことは
とても大きな自信になりました。

きっと無意識に私はマドレボニータという団体に依存していたのかもしれない。
団体がどうの、地方がどうの、という思いが湧いてくるのは
自分がそこに寄りかかっているからこそ出てくるのでは、と。

自分はどうしたい?どうありたい?
将来の自分がみて、恥ずかしくない生き方をいまの自分してる?
自分を大切に思っているからこそ、、自分を裏切りたくない。

仮に、自分から離れて行く人が出てきたとして
何が原因だったかは重要じゃない気がします。
その人が、将来のビジョンをどう描いているのか、
そのビジョンを叶えるために自分の存在が必要かどうか、
必要じゃないと納得できたら、それは自分の引きとめるべきところではない。

自分を見つめていないと、自分以外への不平不満がふえる。
でも考えて考えて考えていくと
最終的にはやはり「自分がどうしたいのか」にぶち当たる。

自分を徹底的に見つめて
はじめて自分以外がフラットに飛びこんでくる。

・・・などなど、途中からかなり支離滅裂ですが(滝汗)
合宿後、頭に浮かんでメモしたことを徒然に書いてみました。

あばたもえくぼ、というように
相手を思う気持ちが盲目的な時期があってもいいと思う。
でもそれは長く続かないし、健全な関係性ではない。

依存するからこそ、勝手に相手にこうあってほしい、という枠に当てはめるし
その枠を少しでも外れた、と感じたら、一気に裏切られた気がする、
という悪循環。

これってまさにストーカー的発想だと思うんですが
意外に日常生活でこれに近い関係性ってある気がします。

誰とコミュニケーションをはかるにしても
まずは自分を見つめること。

このことを忘れずにいようと思います。


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